シルクラブ・おあつらえのための空間

一粒の繭に魅せられて



世の中で「きものばなれ」ということが言われはじめて、もう久しくなりました。
生活のすべてが洋風になり、和服は合わないとか、約束ごとが多すぎるとか、帯が窮屈だとか、その理由にはこと欠きません。
またその一方では、日本人が日本の伝統衣装である「きもの」を見限る筈はないという楽観論もあることも確かです。
しかし私のように呉服屋に生まれ育った者には、この「きものばなれ」の解決を楽観論に頼ることはとても出来ないことなのです。
どうしたらこの現実に歯止めをかけ、現在の呉服屋の仕事と、自分の人生を生き生きとさせることが出来るかという問題は、他人ごとではないのです。
私にはこの「きものばなれ」の原因は、それが現代生活に不便だとか、帯が一人で結べないということでは決してなく、きものを着ることで得られる楽しみが、洋服に比べて相対的に低くなっているからだと思えます。
ですから、きものを簡単に着ることが出来るように二部式にしたり、帯を簡便なものにすることで根本的な解決を計ろうとするというのは的外れなことと思えるのです。ネクタイが一人で締められないという話はまず聞きません。私にはその様なことよりも、人が着るものを見て楽しみ、姿を見られて楽しむという、きものが本来持っている楽しみに、さらに楽しみを加える事になる、自分の好みに従って世の中に一枚だけのきものをつくらせることが出来るという「お誂え」の楽しみを、もう一度現代のお客様に味わって戴くことをお勧めするのがベターだと思えるのです。きものを着る以前すなわちきものづくりの段階からお客様に楽しんで戴こうというのが狙いです。
現代はつくり手の姿がお客様から見えづらい時代であるといわれます。大量生産、大量消費が、ものづくりの基本になっている社会では、きものもその例外ではなく、それもやむを得ないことかも知れません。作り手を前においてものを作ってもらえることなど、まず出来ない相談になっております。
そこで私は現在あまりに距離のありすぎる作り手と使い手であるお客さまとの関係をもう一度親密なものに近づけて、お客さまが作り手と一緒に世の中に二つとないものをつくり出すことが出来る空間、また作り手にとってもお客様から直接にものづくりのヒントや刺激を受けとることができる空間、そのような両者の出会いのための空間を提案してみたいのです。東京には、デパートや商店などのものを売るための空間、貸し画廊、ホテルなどのように展示に使える空間はいくらでもありますが、この様な考え方に基づいて徹底的に考え抜かれた空間はまだ無いと思います。
日頃、御贔屓を戴いているお客様のご意向や、いろいろとお付き合いを戴いている染織作家の人達の考え方、それに専門家の先生方のお知恵をお借りして、長いあいだ温め練りあげた空間が、シルクラブなのです。
ではこれから順をおって、このシルクラブの具体的な説明をさせて頂きたいと思います。
まず最初は、「シルクラブ」という名称についてです。
皆様はもう十数年以上も前のことになると思いますが、NASA・アメリカ航空宇宙局がロケットで亜成層圏に打ち上げた空中実験室=SKYLAB(スカイラブ)という言葉をお聞きになったことがあるかと思います。
そしてこれが現在ではSPACELAB(宇宙実験室)というものまでに発展したことも御存知かと思います。私がシルクラブという名称を思いつき、そして登録商標をとるきっかけになったのがこの言葉だったのです。
その頃、これは現在もそうだろうと思いますが、LAB(ラブ)という言葉は、日本では本来の研究室とか実験室という意味よりは、一口にラボと言われて、写真の現像所のことを意味するものとして使われておりました。そこで私は、このシルクラブというネーミングと、それに思いいたるまでの経緯を、その当時なにかと遊びに行っていた、伊勢丹研究所きもの室長の、今は亡き安田丈一氏にぶつけてみたのです。
すると我々の呉服業界の大先輩であった氏は「シルクラブ」というネーミングは語感もなかなか良いし、覚え易い名前だ。それに呉服屋の新しい試みにカタカナというものも意外性があって面白いと思う。と仰って下さったのです。私はこの言葉に勇気づけられて、商標登録を申請し(シルクが一般名称であるということが審査の過程で一時問題になりましたが)首尾よく、商59-64608の登録商標を手にいれることが出来、続いてその連合商標も手にすることが出来たのでした。
では次に、シルクラブの名前からその内容に移りたいと思います。このことは文頭ですでに申し上げたことでもありますが、シルクラブの空間が、今までの都心のデパートや専門店の売場、貸画廊、貸展示会場などの空間と決定的に異なるのは、それが単に売るための空間や、展示のための空間ではなく、お客様と、その一人のお客様のためにものづくりをする作家との「おあつらえのための緊密な空間」であるということなのです。
ここでこの点を具体的にする為に、一人の染織作家を想い描いてみることにいたしましょう。現在よく行われているのは、公募展などに入選して、広く不特定多数の人に見て戴く方法と、又はどこかのデパートや専門店、ホテルの会場を舞台にお客さまをお招きして、その時に出来るだけ買って戴くという方法、この二つだろうと思います。この二つの方法に共通するのは、その日が作家の創作活動の終点になっているということだと思います。「ご入選おめでとう」「これだけ作るのはさぞ大変だったでしょう」と作家は祝辞と労いの言葉をかけられ、あたかもその日は卒業式のような雰囲気に包まれます。そしてその日の会場の誂えはタブローとしての作品の見栄えを考慮したり、売り易くするための装置は工夫されていても、その作家と新たなものづくりの会話が、お客様との間で持たれることは期待されません。ましてや「おあつらえ」という発想は全くそこにはありません。
私が頭に描いているシルクラブという空間はこの様なものではなく「一人のお客さまの要求に作家がきちっと対応する場としての」空間です。この意味でこの空間はそこでものづくりの卒業式が行われる空間と言うよりも、始業式がおこなわれる場として考えて頂きたいのです。両者が共に十点の作品を会場の中に置いたとしても、前者が『是非この内から選んで買って下さい』というのに対し、後者は『私はこんな作品をつくれる作り手です、どうか私に貴方のきものを作らせてください』というような会話が交わされる場なのです。作り手が作品発表の当日においても、あくまでも作り手でいられる空間で、商人の真似ごとをする必要のない空間です。
そのかわり作り手には、お客さまに対して持てる経験と技術を背景に、このお客さまはどんなきものの趣味をお持ちなのか、どんな色がお似合いになるのか、どんな柄がお望みなのか、聴診と診断が求められるのです。
江戸小紋の小宮康孝氏は「ものづくりの本はお客さまにあり」ということをお仕事の基本に据えていらっしゃるようですが、これほどのものがあふれている現代の日本において、特に今後経済的、文化的に成熟の度を加えて行けば行くほど、お客さまは「マス」としてではなく「個」として徹底的に接遇されることを望むようになるだろうと思われます。今までの様に、染や織が珍しい品であるとか、有名作家の作品であるということよりも、世の中に二つとないものを、自分は作家に作らせたのだと言うことの方が、より多くの満足をお客さまに与える時代になるに違いありません。私はきものがすべて「おあつらえ」でなくてはならないと言いたいのではありませんが、「おあつらえ」の心が日本の着物に限らず、いろいろな分野の文化を高めてきたのも事実です。またこれは今後もお客様と作家の両者を共に刺激し、創造の可能性に富みかつ楽しみも多い方法だと思えるのです。
「新しい酒は新しい革袋に、古い裂に新しい布を継ぐな」と言われます。おあつらえのための新しい革袋を用意しなければならない時が来たのだと思います。そしてこの革袋は、川上の作り手、川下の消費者と一方通行の河の流れに譬えられて、その流れに逆らっては出会うことの無いお客さまとの作り手を、お互いが手が届く範囲の内に歩み寄らせる出会いの場であり、お互いにとって心地よいゲストルームとしての新しい革袋なのです。
東京の山の手にある中野区は住みやすく、文化的な落ち着きもある区といわれます。副都心の新宿からも遠くなく、環六や環七などの幹線道路の便もよく、中でも公園なども周辺に多い私の住む沼袋という所は、お客様と作り手のためのゲストルームの場所としてふさわしいところだと思います。以前は銀座などの都心の商業地に憧れたものですが、このような目的なら都心よりも、むしろ中野区あたりの方が良いと今では思うようになりました。
このような視点から、銀座にある一流と目される会場を見てみると、その空間の大方の部分を展示のためのスペースが占め、お客様とお話をするスペースや、作家が息をつく逃げ場などは、最小限度のものしかありません。また地下鉄や車を降りてからも、雑踏での落ち着きを鎮める間もなく、エレベーターのドアが開くと、そこが展示会場だという会場がほとんどです。私は現在の銀座で望めない空間を、中野区沼袋で提供してみたいのです。
歌舞伎には休憩時間が終わり、さてお芝居が本筋に入ろうとする前の数分を、筋とは関係ない所作を演ずることにあてる、「ほこり沈め」という工夫があると申します。休憩後のお客様のざわめきをほこりに見立てて「ほこり沈め」と言うらしいのです。なんと観客と演者のそれぞれの生理を十分に読み切ったうえでの肌理こまやかな配慮でしょう。
シルクラブにおいても同じことが配慮されねばなりません。
暑い日ならばお客様は汗をかいていらっしゃるでしょうし、寒い日ならば体の芯まで冷えきっていらっしゃるかも知れません。
そのようなお客様を扉一枚で作品の前に立たせてしまうような空間の構成は、お客さまにとっても、また作り手にとってもけっして望ましいものではないと思います。シルクラブの空間は、この作品を見てもらうまでの過程もきちっと対応したいと思っています。
例えば、お客さまのお車が駐車するスペースは何処に何台用意したら良いだろうか、風雨の日のコートや傘はどこでお預かりしたら良いのか、室内でのお足元はどうするか、おしぼりやお茶はどの段階でどう出せば良いだろうか、プライベートルームやパウダールームはどうあるべきか、作品を見ていただく空間の広さや照明はどのくらいが適当か、作品をきものだけに限定して考えて良いのだろうかまた作家が寛ぎ、息を抜く空間をどう確保するか・・・考えるべき課題は多いのです。
では次に、このような空間が出来たと仮定して、このような空間をどのような考えの作家に使ってもらうのが一番願わしいかということが問題となります。世の中には一流と目される売れっ子の作家でも、お客さまと向き会って作品を作らされるのは御免だとの考えの方もいらっしゃるかと思います。むしろ、今まで通り問屋さんの注文に従って、作品という名の商品を作ったほうが気楽だと考える作家の方が現在は多いことでしょう。
私はその様な人にまでに、最初から声をかけようとは思っておりません。私が声をかけたい作家は『私はこの場にあるような作品をつくる作り手ですが、お客様のお好みに従って一枚だけのきものを作ることも喜んでいたします。どうか何なりとお申しつけ下さい。』以上のようなことを躊躇しない人達です。そのような姿勢を持っている人達に、東京のアンテナ工房として、パトロンを接待するゲストルームとして使ってほしいのです。
私の知人に京都で蝋の仕事をしている人がいます。彼も多くの染織作家がそうであるように、工芸店や公募展を常に頭のどこかに意識したものづくりに励んでいたそうです。ところがその彼が、ある時に横浜のシルク博物館で企画された「想いでにのこる着物展」をみて、悟ったということです。広地の人間の「想いでに残るきもの」というものが、公募展に入選する様な、どこからみてもケチのつけられないきものばかりでないことを知りそれがきっかけとなり、ものづくりの基準がそれまでのコンクールに入選することを意識したものから、一人のお客さまのためへの、きものづくりへと変わったということです。
幸か不幸か、商人の世界には作り手の世界にあるような、工芸展やコンクールはありません。それだけに我々は自分の仕事を通して何を一生の内になし遂げたいかを常に意識していないと、大切なものを見失うおそれがあると思います。
私がシルクラボという試みの自己紹介のレポートに「一粒の繭に魅せられて」という副題をつけたのも、お蚕がごく細い糸を吐き、それを幾重にも重ねてあの美しい輝いた丈夫な繭をつくりあげる、その神秘的ともいえる営みに感動したからに他なりません。
私にはこの蚕の一生が、即人間の一生のように思えてならないのです。お蚕は幼虫の時は「ケゴ」
と呼ばれ、桑の葉を人から与えられそれを糧として、四回の眠りと四回の脱皮を繰り返し五令の成長したお蚕となり、初めて8の字に糸を吐きはじめます。人間もいろいろな桑の葉を与えられて成長してゆく存在という点で同じ存在ではないでしょうか。

シルクラブという空間は、お蚕が糸を吐き繭を作り上げるときの枠である「まぶし」と同じ働きを、作家とお客さまの両者に提供するものでありたいと念じています。この「シルクラブ」の新しい試みに、ご理解とご支援を賜りますよう、心からお願い申し上げます。

 

昭和61年6月吉日
シルクラブ 西村重博

 

 

 



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